昨年の5月頃。
日本は平成から令和へと移り変わろうとする最中。
アートフェアへの出展のため、ひとりでサンフランシスコまで来ていた。
フェアへの出展といえども、現地では予想外のことばかり起こり、旅とはまあそういうものなのだけれど…
なんだかずっとひとりぼっちだった。
けれど、サンフランシスコの街は、人々は、どこか程よい距離感の温かさがあった。それを救いのように思っていた。
仕事を終えた帰路の飛行機では音楽を聴きながら、一週間過ごしたサンフランシスコの街を思い返していた。
中でも、たくさんのホームレスのこと。若者から老人まで、男性も女性も、本当にたくさんのホームレスたち。彼らは、いったいいつどんな状況で家をなくしてしまったのだろう。
こんなことを言うと罰当たりかもしれないけれど、わたしにはずっと家なき子のような感覚がある。
お父さんもお母さんもいて、きちんと家もあったけれど、それでもどこか自分には帰る場所がないような気がしていた。小さな頃から自分の中にある、何か大きなぽっかりとした空洞のようなもの。それを、ずっと埋められずにいた。
朝を戻っていく不思議さを感じながら、眠れずにいる身体を持て余し、座席のモニターで飛行状況を眺める。
すると突然、前の座席の女性が立ち上がり、次の瞬間には倒れていた。
機内にはすぐにアナウンスが流れ、前方から医師と思われる男性が走って来る。
わたしは突然の出来事にドキドキとした気持ちを抑え切れず、何故か勝手に滲んでくる涙をどうしたらよいのかわからなくなっていた。
こんな空の上で、彼女の投げ出された長い手足は力をなくしていく。
急に、不安なった。
早く、家に帰りたかった。
門限を過ぎて、暗くなり始めた帰り道を、べそをかきながら駆けて行く子供のようだった。
そうか、わたしにも帰る家がある。
そんな当たり前なことに、空の上でただただひとりを感じて気がついた。泣いて駆けて帰れる家があるのだ。
早く、早く、帰りたかった。
真っ青な画面の中には頼りない飛行機のアイコンが、相変わらず進んでいるんだかいないんだかわからない様子でゆらゆらとしていた。